パブロ・ピカソ(PABLO PICASSO)
パブロ・ピカソ(1881-1973年)はスペイン南部アンダルシア州のマラガ生まれ。
91歳で亡くなるまでに絵画、版画、陶芸、彫刻、舞台芸術といった芸術の様々な分野で創造性あふれる数々の作品を生み出しました。
当時の美術界に大きな衝撃を与え、大変な物議を醸した1907年制作の『アビニョンの娘たち』に代表されるように、モチーフを激しく変形(デフォルマシオン)させる独自の表現で伝統的な絵画の常識や概念を打ち破る革新的な芸術家として美術史にその名を刻んでいます。
ピカソはある一定の期間がそれぞれ「◯◯の時代」と呼ばれているように、年代によって作風がめまぐるしく変化したことで有名です。
そんな作風の変遷を経ながら、91年間の生涯で制作した作品総数は5万点~15万点とも言われており、最も多作で最も作品総額が高額な芸術家として世界中にその名を轟かせています。
『版画家』ピカソ
ピカソは自らの芸術世界を表現するために様々な表現方法に取り組みました。
なかでも膨大な点数の作品を生み出した版画は、ピカソが自らの芸術世界を表現するための極めて重要な手段であり続けました。
ピカソは版画だけに限っても、各年代で様々な技法に取り組んでいます。
第二次世界大戦前までは主に銅版画(銅板を用いた技法)、ムルロと出会った1945年以降はリトグラフ(石板を用いた技法)。
南仏に移住した後、1960年前後に取り組んだリノカット(リノリウム板を用いた技法)、最晩年は銅版画に回帰し大量の作品を制作。
86歳に達していた1968年には3月から10月の約200日間でなんと347点の連作を制作(347シリーズ)。さらにこの10月から72年3月にかけて157点の連作も生み出しています(157シリーズ)。
ピカソのまさに驚異的な制作意欲は、年齢を重ねても衰えることを知りませんでした。